1955年 昭和30年


戦後日本の海外進出の先駆け、「東洋紡ブラジル」を設立

戦後日本の海外進出の先駆け、
「東洋紡ブラジル」を設立

1955年、東洋紡は、戦後わが国綿業の海外進出の先頭を切って、ブラジルに「東洋紡ブラジル」を設立しました。ブラジルを選んだのは、政変はあるものの社会生活は安定しており、綿花の現地調達が可能で、市場も拡大していたためです。
一方、同年呉羽紡(のちに東洋紡と合併)は、エルサルバドルへ進出し、ユサ社を設立しました。当時、エルサルバドルには日本大使館もありませんでした。

【豆知識】
呉羽紡でエルサルバドル進出に心血を注いだのは、平生(ヒラオ)三郎(のちの東洋紡副社長)でした。平生は、1973年東洋紡ブラジルへの出張の帰路、エルサルバドルに向かう途中、急逝しました。平生の功績を讃えるために東洋紡は、「ヒラオ・サブロー公園」を建設しました。現在では、家族連れが憩いのひとときを過ごす姿が多く見掛けられます。

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