環境コラム
東京大学 菊池康紀 准教授
東京大学 未来ビジョン研究センター/総括プロジェクト機構「プラチナ社会」総括寄付講座(代表兼務)/大学院工学系研究科化学システム工学専攻(兼担)。
環境・エネルギー、健康・医療、地方創生等の課題を解決する「プラチナ社会」を実現するための、理論的背景の整理、知の構造化による課題解決のフレームワークづくり、普及展開方策等に関する研究。LCA関係で奨励賞や論文賞など受賞歴あり。
菊池康紀准教授(以下、敬称略):ここ数年、包装資材などに使われているプラスチックの問題に関する議論が急速に広がった要因の一つに、「目に見える環境問題」として顕在化したことがあると考えます。かなり前までは、いわゆる昨今で言う環境問題というのは存在していませんでした。ところが高度成長期を迎えた日本に「公害」という環境問題が登場します。環境汚染、水質汚染、大気汚染などです。つまり環境問題は、当時としては人命や生態系に直接的な被害を及ぼすものが大半を占めていました。
しかし近年は地球温暖化に代表されるような、「目に見えない環境問題」が増えました。そのうえ厄介なのは、今起きている温暖化などの問題は、本当に環境変化によるものなのか、わかるのが数十年後という難しさを秘めています。もちろん、オゾンホールなどの一部目に見えるものもありますが、人類がなかなか体感しにくい問題です。
一方で、プラスチックゴミ問題は明らかに見える問題でした。水中に浮遊したり海洋に沈んだりしているプラスチックゴミにより、動物たちが被害を受けている様子が広く報道され、それを見たことにより人々に強い印象を与えました。
忘れてはいけないのは、先にお話した環境問題の数々は、実は何も解決されていないということです。このプラスチックゴミの問題は、リスクが認知され、問題として顕在化、一般化したため、昨今世界中で話題になっていますが、解決しなければならない環境問題は我々の周りにまだ多く存在しているのです。
ではプラスチックゴミの問題を、資源循環の観点から少しお話します。資源循環というのは、その名の通り循環しないことで問題が発生するわけです。ですから、循環できるものはもっとそれを促進させる必要があります。また、循環できないものは減らすしかありません。
そのうえで、プラスチックゴミが多く含まれている包装資材を取り巻く資源循環の問題を解決するためには、3つの視点が必要だと私は考えています。1つ目は、消費者への発信、教育。2つ目は、社会システムの構築。そして3つ目は、製造側の技術革新です。
例えば今年、レジ袋の有料化が話題になりました。こうした施策の結果は、現状の社会におけるリサイクルの仕組みや、レジ袋を製造する企業の技術・取り組みに左右されるのはもちろんのこと、実際にそれを使う消費者の行動にも大いに影響されます。問題を解決するためにはこの三者がそれぞれの立場で有効な対策を取り、ライフサイクルアセスメントを実施したり、ライフサイクル思考を持って物事を観察したりしながら、そのバランスを保っていく必要があります。しかし、非常に難易度の高い課題だと私は考えています。
菊池:包装資材は「中のモノを正しく守る機能」を持っています。例えば食品。衛生状態などを安全に保つためには包装資材が絶対必要となるので、現在の社会では包装資材の製造・消費をゼロにすることは事実上不可能です。商品パッケージには中のものを保護するのみならず、意匠性や商品に関する十分な情報を掲載して、消費者に対して情報を開示する役割も持っています。また購買における競争の原理の中で、包装資材が重要な役割を果たすことはいくつもあります。
まずはその前提を踏まえたうえで、今でも製造企業の皆さまは十分ご尽力をいただいていると私は感じていますが、引き続き、リターナブルにするのか、リサイクル素材を使うべきなのか、可能な限り環境負荷を軽減できる方法、循環させやすい素材の開発などを模索することです。さらに循環させられる資源は循環を促進し、循環ができないものは使用量を減らしていくしかありません。
そのうえで今後は、プラスチックゴミに関する問題の根本的な原因を明らかにしていくためにも、一つの包装資材を製造するために、どのタイミングでどんな人や企業が関係しているのか、どんなことに配慮して作られた製品なのかなどの情報を辿れるようにしておく必要があると思います。包装資材のサプライチェーンの見える化です。あとは情報開示の徹底ですね。現代の情報通信技術をもってすれば、例えば商品パッケージにすべての情報を記載しなくても、スマートフォンなどを利用して、消費者が必要な情報にアクセスできる仕組みを用意することなども可能なはずです。
菊池:さまざまな社会的要因が絡む複雑な問題であり、どちらにもメリットとデメリットがあります。海外では後者のリサイクルシステムの考え方が近い国々があろうかと思います。消費者は厳密なゴミの分別をせず、リサイクルシステム側ががんばる形で、仕組みとしてシンプルですし、品質も担保されます。ただ消費者が直接的にゴミの分別に関わらないため、日常的に環境問題について意識するきっかけを得られる状態ではないといえます。一方で日本のように消費者にもしっかり分別などをがんばってもらうシステムは、発信・教育面では有利なものの、稼働した際に不確実性、「人間は間違える」といったリスクが高くなるデメリットがあります。
どちらが良い・悪いという二元論ではなく、消費者への発信も社会システムの構築も、「資源を循環させる」という共通の目的を叶えるための手段でしかありません。
社会システムの構築が必要であるとはいえ、現在の日本では人口減少が進行しており、自治体側で廃棄物処理やリサイクルシステムを維持するコストを支払うことが困難になりつつあります。この状況下で厳密なリサイクルシステムを構築していくには、そこまでして循環を実現したときに自治体が得られるメリットを明らかにしないと難しいでしょう。
製造企業側や廃棄物回収・処理業者とも情報を共有し、業界の中でリサイクルしやすい共通の規格を作ったり、カーボンリサイクルのように集まった資材をそのまま再利用できるような技術を開発したりと、連携して課題の解決にあたる必要があると思います。
(2020年8月インタビュー)
【後編「2050年の未来を見据えたうえでのキーポイント」に続く】